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2018年12月28日
ヨガじゃないとできないこと
ヨガじゃないとできないことがある。
ヨガじゃないとたどり着けない場所がある。
そう思い込んでいるだけで、
そこから先には進めないと常々思っています。
執着しないこと。
むさぼらないこと。
盲目にならないこと。
いつでも手放せる状態にいることは、
何事においても大切なことです。
いつ手放してもいいように
その瞬間を生きることの方が大切。
よく自由でいいねって言われるけど、
ほんとうの自由はそんなもんじゃなくて、
不自由という覆いにわたしたちは
守ってもらっていたりもします。
ただ不自由の中での自由を見つけているだけ。
そんな中でいろいろな人に感謝しながら、
自分軸に限りなく正直に生きようとしてます。
これはヨガをやっているからそうなんでは
決してなくて。
ヨガを伝える立場だからこそ、
ヨガをやると変われます、とか表現するには
あまりにも稚拙。
ただ、飛騨に嫁いで、自分を閉じ込めていた。
そういう立場や環境や自分の在り方に
とことん向き合ってきたから、今の自分があるわけで。
ヨガはほんとうに大きな助けではあるけれど、
ヨガ以外にも努力してきたことはその何倍もある。
冒頭に戻ると、
ヨガじゃなくてもできることはあるし、
ヨガじゃなくてもたどり着ける場所はある。
ただヨガをやってみたら、自分の大きな助けになった。
わたしにはそれしか言えなくて。
ただただ、とことん正直に生き続ける。
田舎とか都会、日本とか外国とか、
こどもとか大人とか、そんなのは関係なくて。
ヨガに限らず、とにかく何かをとことん極めて、
ある程度のところまで自分軸に近づいている人には
たどり着ける場所がある。
だから、何かに限定せずに、
今やっていることをとことんやってみる。
時間がかかっても、すき間があいても。
ヨガで自分を変えよう!なんてうたわなくても
とことんやるだけ。
わたしもとことんやります。
そこに執着も覚悟もいらなくて、
ただただ無邪気に向かうだけです。
その先に見えるものがある。
そして、簡単にそこまでたどり着けないから、
必死で追いかける。
嫁として、母として、妻として、どの立場においても
とことん自分軸に近づこうと試みる。
昔のわたしは、飛騨に嫁いで良い嫁でいるためには、
それまで自由に生きてきた自分を殺さないといけないと
思い込んでいたから。
こうあるべき!というところから抜けないと
自分軸なんて見つからない。
ヨガはそこに向き合うきっかけをくれた。
ただそれだけで、続けているような気がします。
そこまでで今年は終わり。
来年はより自分軸に近い生き方をしたい。
すべての選択に自分らしさを。
来年はもう遠慮なくやります。
エネルギーを自分軸に集中させてみます。
限りなくゆるゆると肩の力を抜いた状態で。
今日はひとりのヨガ練習生として
書かせていただきました。
みなさま、ご家族ともに良いお年をお迎えくださいね。
今年も1年ありがとうございました。
ひさだまりこ
Posted by hisada mariko at
18:09
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